~お客様の事業の歩みとともに~ ある店舗でのエピソード
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ある日、いつもご贔屓にしてくださっている内装業のお客様が、見習いの青年を連れてご来店くださいました。
まだ初々しさの残るその青年は、どこか落ち着かない表情で、親方の隣にちょこんと立っていたのを、今でもよく覚えています。
それからしばらくして、青年は親方の代理として、名刺やゴム印の注文にご来店くださるようになりました。
最初の頃はメモを手に、緊張した面持ちでしたが、何度か足を運んでいただくうちに、表情や話し方に少しずつ変化が表れました。
仕事を任されることで自信がついてきたのか、受け答えもはっきりとし、その目の奥には、仕事に向き合う誠実さが感じられるようになっていました。
そして数年が経ったある春の日のこと。
少し照れくさそうに「独立することになりました」と話しながら、ご自身の実印を作りに来てくださいました。
それまでは高校の卒業記念でもらった既製の印鑑を使っていたそうですが、独立を機に、姓名の入った実印をきちんと作りたいとのことでした。
印材や書体を選ぶ眼差しは真剣で、その姿がとても頼もしく見えました。
独立後も、ゴム印や名刺、伝票、封筒印刷のご注文で度々ご来店いただきました。 お仕事が順調なのだと、お話を伺うたびに私まで嬉しい気持ちになりました。
ある日のご来店の際、少し遠慮がちに「会社を法人にすることにしました」とご報告くださいました。
とはいえ「まだ資金に余裕がなくて…」とのことで、一番手ごろな薩摩本黄楊の代表者印と銀行印の二本セットをご注文くださいました。
「会社がもっと大きくなったら、次はチタンの立派な法人印をお願いしに来ますね」
と笑顔で帰られるその姿に、私の心も温かくなりました。
お見送りの際、少し遠ざかる彼の背中が、初めてお会いしたあの日よりもずっと大きく、頼もしく見えました。
お客様の事業の歩みに寄り添えることは、印章店で働く者にとって、何よりの喜びです。